魔法先生ネギま!(12) (講談社コミックス)

魔法先生ネギま!(12) (講談社コミックス)

俄然面白くなってきたー。方向性みたいなものが微妙過ぎた今までと違って進む方向がハッキリしてきてるから、読むほうの思考の方向も統一できて読みやすい。
とはいえ、絵がライト過ぎるのとか、たぶん僕の中にある先入観みたいなものが原因なんだろうけど、「圧倒的な勢い」みたいなものを感じないんだなぁ、赤松さんの漫画からは。小太郎→ネギの極度の精神的依存とか、いや、言わんとすることはわかるんですよ。同年代の親友ってのはネギだけだし、ライバルと思ってる相手と違って自分はあまりにも弱い気がしてきた……とか思えば泣きたくなるのは自然っちゃあ自然です。が。保護者が出来て、可愛がってくれる人たちが沢山出来て、楓みたいに方向性を示してくれるような人とも出会えたというのに、その中でネギだけに特別依存しているというような描写が今までに特にないので、なんとなく上滑りなイメージがあるわけです。この辺りがたぶん僕が勢いを感じてないからってことになるんでしょうけども。
萌えとかエロスとかのパーツがあまりに露骨なのは、まあ、今更かなぁ。
チャオの目的は「魔法を公開することで発生する副次的な事件の陰で利益を得ること」だと思うんだけど、具体的にはなんdろ。本誌だと明らかになってるのかな。
負の感情(例えば復讐心?)とかから来てる行為には見えないから、混乱に乗じて魔法使いの国のアーティファクトが欲しいとかかもしれないし、以外と魔法使いの国に行くのが子供のころからの夢だった、とかそういう浪漫あふれる理由かもしれぬと思った。
あえて無駄に深読みすると、チャオが学園祭ループを促したという事実そのものを複線と捉えて「本来この時点では知られるはずのない魔法を世間に知らせることで、なんらかの未来を変える」という壮大なのもアリかなと思うけど、現状でさらにSF入ると混沌とし過ぎる気はする。流石に考え過ぎかな、学園モノである必然性も失われるし。いや、もう既にあってないようなモンだけどさ。
しかしエヴァは良いキャラだなー。記号的な要素は差し置いても、メンタル面と行動面がこういう風に結びついてるキャラクターは珍しいんじゃなかろうか。たどり着いてる結論が恐ろしく在り来たりなのがちと不満だけど。エヴァの過去回想ネタは、今のうちにやっとかないとサウザンドマスターと直接面識のあるのはタカミチとエヴァくらいだから、話の広げ方が難しくなったりするという事情がありそうだ。やるタイミングとかも色々あるだろうし、ちと強引でも仕方ないかなー。
そして僕は、地獄を見てきた人間が長い年月の果てに得た結論みたいなものを、楽観的な視点から「幸せになる権利は誰にだってある」などと短絡的に否定するのが非常に好きではないので、元々あまり好きではないのだけど、アスナがどうも。こう、なんというか、ぐむ。
どうでもいいんですが、格闘大会が始まっただけで天下一武闘会だのなんだのと否定的なことを言っている人たちが恐ろしく多いのに驚いた。
武闘大会 = 天下一武闘会つーのは発想が貧困過ぎないか。現在のストーリーの焦点は明らかに「格闘大会の影の陰謀劇」に移りつつあるし、11巻ならいざ知らず、ストーリーが低迷してるっていう物言いは、なんかなぁ。今までの赤松さんの漫画にストーリー性なんか皆無だったし、ラブひな中盤くらいからグダグダだったと思うんだけど、ひたすらに萌えを求めてる人たちはやっぱり見るところが全然違うんだろうなぁ。
うがあ。そして他はとにかく合気術のくだりが納得いかねえー。格闘技が浅く扱われるのはこの手のバトル漫画の常ではあれど、くう、納得いかねえー。龍宮みたいに銃器だけで一線張れてる奴がいるのを希望と見るか絶望と見るかだなー。
だいたい同じ理由でアスナの急激なレベルアップが納得いかねえ。けども、まあ、これはアレだ。うん、アレだな。
そして相変わらず雷光剣はなにをやっているかよくわからない。