うーん。秘伝・阿呆剣のみは面白かった。あとはまあ、つまらんとまでは言わないにせよ……といったレベルか。
表題になっている黒牛と妖怪などは、物語の中心人物と実際の中心が大きく剥離しているため、どーもこう、のめりこめなさを感じた。明治維新と西洋文明が受け入れがたい爺さんが、馬術の達人に「汽車などよりも馬のほうがずっと早いに決まっておるのだ、それを証明してくだされ!」と依頼し、実行し、しかし当然のように負けて、そのときに怪我をして、頑強だった肉体が気鬱の所為で加速的に老い弱ってゆき、やがて死ぬ。くらいの内容で充分いけたと思うんだが、何故ここで遠山景元の孫などという得たいのしれないキャラクターを出そうと思ったのか理解に苦しむ。
実際この爺さんは、馬では勝てないことくらいわかっていただろうし、あるいは馬術の達人が競争して打ち負かしたとしても、誰もがそれを利用できるという意味で汽車に大いに意味があることはわかっていたであろう。よほど頑迷で蒙昧な人物でない限りは、つまり独学で医者技術を学ぶくらいに聡明なこの爺さんであれば当然それは理解しているはずであり、要は感情的に納得できないのだが納得せざるを得ない事件としてこういうことをしてこういうことになった、ということになるわけで、そっちのほうが爺さんが魅力的に書けたように思うんだがなあ。
秘伝・阿呆剣は面白かった。これは唐竹割りの技法とか、意を消した表情の訓練のみならず、日ごろから行っていた薪割りが自然に訓練として重きをなしていたのではないかと思うのだが、まあ、そうでないから一撃で殺せなかったということにもなるのだろうか。
他にもいくつか短編が入ってたような気もするが、入ってなかったような気もする。それくらいの出来だった。風野さんは後々の作品のほうが面白いと聞くに及んでいるわけで、これは割りと序盤の作品を編纂したものであるとするのなら、まあ、評価が芳しくないのもやむなしであろうか。